日本人初BBCレポーター 大井真理子さんに聞く! 「せかいとつながる仕事」 No.1
見出し画像

日本人初BBCレポーター 大井真理子さんに聞く! 「せかいとつながる仕事」 No.1

今日から始まる、#せかい部note 新企画!「せかいとつながる仕事」シリーズ✨
運営部員が海外の第一線で活躍する憧れの職業の方々にインタビューしていきます🙋
第一弾は日本人初のBBCレポーター、大井真理子さんにお話しを伺いました。
実は#せかい部部長のきょうたは、長年、大井さんの大ファン…!緊張で震えながらのインタビューになりました。

はじめに

ー本日はよろしくお願いします。まず初めに、BBC初の日本人レポーターということで普段はどんなお仕事をされているのでしょうか?

はい。シンガポール支局から日本時間早朝のアジアビジネスレポートという番組を担当しています。また、レポーターとしてもアジアを中心に世界に出張に行き、現地から報道を行っています。例えば、平成から令和に変わったときや、ラグビーワールドカップなど、日本で大きなニュースがあるときは、日本に出張に行って、現場から番組をお届けしています。

画像1

BBCシンガポール支局にて

「私の夢は玉の輿結婚」

ーBBC初めての日本人リポーターということですが、志すきっかけは何ですか?

実は海外にもともと興味があったわけではなく、中高生の時から安室奈美恵さんが大好きで、カラオケやプリクラにハマっていました(笑)校則が厳しい女子校の中で、孫ギャルみたいなことをしていました。

画像2

1997年の大井さん

当時の私は将来の夢は「玉の輿結婚」と言って憚らなかったので、エスカレーターで行ける女子大にいって、在学中に結婚するといういわゆる「永久就職」が夢でした。

ー玉の輿結婚(笑)意外ですね。

転機になったのは16歳の頃の父のベトナム転勤。一緒にベトナムに行くという話しも出ましたが、祖父母が昔ホームステイとして受け入れていたオーストラリア人の女性から、来ていいよという提案がありオーストラリアに行ったのが、海外へ飛び出すきっかけになりました。私は当時、「ビバリーヒルズ高校白書」が大好きで、楽しい共学の高校生活が送れることをイメージして、英語も話せないまま渡豪しました。

滞在先のホストマザーが働く女性だったのですが、女性が働いていることにまず驚きました。彼女もその周りもいわゆる「ワーママ」でした。

そんな彼女に夢を聞かれて、先ほどの夢を答えた時に「夫に浮気されたらどうするの」と言われました。
「働く」ということを考え出したのはその時です。

そんな中で、暇に任せてテレビを見て英語の勉強をしていた時に、偶然BBCのドキュメンタリーが流れていて、アジアで飢餓に苦しむ子供たちについて取り上げていました。

当時は全然英語が分からなかったので内容を理解することはできませんでした。でも、そのパワフルな映像を見た時に、日本からそう遠くない国で起きていることを私は16年間何も知らずに育ってきたことが恥ずかしくなり、こういう世界のことを映像の力を使って世界の人たちに伝えたいと思ったのがきっかけです。

画像3

高校卒業の日。自由で楽しそう!

ー志を持ってから、BBCになるまではどのような道でしたか?

メルボルンにいたのですが、大学のキャンパス内にテレビのスタジオがあったりとか、小さいコミュニティチャンネルがあるような大学があって、そこではすごく実践的なスキル教えてくれると勧められて、そこを目指して勉強しました。
高校卒業後、日本の大学に1年間だけ帰るのですが、結局そのオーストラリアの大学に戻り、インターンやワークエクスペリエンスを積ませていただいた後に大学を卒業しました。

画像4

大学のコミュニティチャンネルで報道を実践的に学んだそう

実は違うんです。(笑)
海外の就労で大変なのはVISA(査証)で、オーストラリアの場合現地の大学を出ても就労ビザがもらえるわけではなかったので、あちこちの放送局やメディアに色々アプローチをしました。

でも何百人何千人とジャーナリズムを専攻してきた現地の人がいる中で、わざわざ特に経験がない日本人の私を雇う理由はなく、思うように進みませんでした。

その時、単純に「報道といえばニューヨーク」という勝手なイメージを元に、ニューヨークに3ヶ月間ほど観光ビザで渡航しました。

もちろん観光ビザなので仕事ができるわけではないのですが、40人、50人のニュースディレクターの方に連絡を取って面接を申し込みました。でも結果は同じで、同じくビザを取ってまで新卒の日本人を雇ってあげようっていう会社はありませんでした。

そんな時に父が、「これ以上頑張っても意味はないんじゃないか?アメリカの企業にとっては、真理子が日本語を話せることが別にメリットになっていない。でも逆に日本に帰ってくれば英語もできるし、ショーリール(活動をまとめたもの)もあるっていったら雇ってくれる所があるかもしれない」というアドバイスをくれました。

当時、私はもちろん悔しかったですが、一理あるかなと思って、日本に帰国しました。その際に運良く、ブルームバーグの東京支局で有給インターンがあるといわれ試験を受けました。当時、経済のことは全然わかっていなかったので確実にテストは落ちたと思ったのですが、 その後面接で、ヤンキースのチームのテレビ局でちょこっと通訳のバイトをした経験を履歴書に書いていたのをきっかけに、上司になる面接官が偶然ヤンキースのファンで「どんな選手と会った」みたいな話で盛り上がりました。それで経済の話を全くしないうちに採用が決まり、仕事が始まりました。

ーやはり海外での就職は大変なんですね。ヤンキースが結んだ就職、面白いですね(笑)

もちろんBBCを諦めていたわけではなく、その会社に入った後も、イギリスに行った時にはBBCの人に会いに行きました。そこでも、イギリスでビザをとって雇ってあげられるほどの経験はまだない、と言われてしまいました。

でも、「シンガポールだったらもしかしたらビザが取得できるかも」と言われたんです。その当時、起業家ビザを取ることがまだ簡単にできた時代だったので、それを活用しました。一人でメディアコンサルの会社を作り、BBCはお客さんの一人みたいな感じです。それで思い切って会社を辞めてシンガポールに一人移住しました。

誰にでも伝わりやすい報道を。

ー報道に携わる中で、意識していることは

もちろんニュースなので、正確な情報を集めて、自分の報道している内容が正確かどうかをダブル・トリプルチェックします。

それだけではなく、伝え方のバランスも大切にしています。世界中に視聴者の方たちがいるBBCで例えば日本についてのニュースを書くときには、日本がアジアの裕福な国?程度にしか知らない人もいて、でも当然日本で見てくださる方もいることになります。
日本人の方に「それ当たり前じゃん」と言われても困るし、日本についてあまり知らない人が見た時に「何のことかわからない」と思われても困るので、情報のバランスに気をつけて、両方の視聴者を自分の中で考えながら、こうやって説明したらわかりやすいかなというふうに、意識しています。

速報が出る。アドレナリンも出る。

ーやりがいをかんじるときはいつですか。

私は趣味が報道なんです。もちろん人と関わる仕事なので毎日が楽しいわけではないけれど、特に子供がいるとやはり犠牲にしないといけないことがどうしても出てしまいます。そこまでの犠牲を払ってまでやるからには、楽しさを毎日感じられていなければ続けられていないかなと思います。

画像5

NYで勤務されたことも!

今でも速報が入った時なんか、もうアドレナリンがすごいです。多分他のことでは全く経験ができないスリルだと思います。この速報が入った!という時に、早く伝えることも重要だけど、必ず正確であること、そしてどんな映像を使うのか、画面に出す字幕とかも考えながら自分がしゃべる。そういうのがやっぱり好きなんだろうなと思います。

ただその日のニュースだけではなく、なにかを掘り下げてドキュメンタリーを作りたいと思ったら、上司に話をして番組を作らせてもらいます。私は歴史問題にすごく興味があったので日中関係や歴史問題のことや、戦争中の神風特攻隊などについての番組を作らせていただきました。毎日のニュースだとどうしても短い時間しか話せないけれど、番組を作る際には、2時間分もお話を伺えます。そこから自分で記事を書くことができて、速報では感じられない別の意味での達成感を感じられます。
やっぱり、自分が楽しい、興味を持てることだからやり続けられているという部分が大きいです。

画像6

BBCで日本特集を制作したときの様子

印象に残っているのは、令和になった瞬間です。自分の国の歴史的瞬間を世界に伝えられて、すごく達成感があったなと思えるニュースでした。
この時も、先ほど言ったように、日本の視聴者から当たり前だと思われないようにしながら、海外の方にその意味を伝えることを工夫しました。例えば日本では、私は1981年生まれとは言わずに昭和56年生まれというように、毎日の生活の中で使うものだから、令和になったら結構みんな毎日の生活の中で影響があるんだよ、ということをお伝えしました。



ー留学始めの英語のテストは36点だったそうですが、留学中にどのように英語を勉強していたんですか

ホストマザーに、現地の高校に入れるから大丈夫と言われて日本の学校を辞めてしまって、「そう言えばテストあるよ」と言われて受けた結果がこれなんです。

まさか向こうもそこまで悪いと思ってなくて、数ヶ月間英語の補習学校に行きました。

深く考えて留学したわけではなかったし、厳しい女子校からドラマのような共学の自由な高校への転校を想像していたら、同じような厳しい女子校に入ってしまい、おまけに授業にでたら中1で習った光合成も分からなくて、落ち込みました。

英語の授業だと、課題として本が出されるので、その本の日本語版を祖父に箱で送ってもらってそれを比較しながら読んだりしていました。

日本人って「完璧な文法じゃないと恥ずかしくて話をしたくない」という人が私も含めて多いと思います。でも英語学校にいた時、私より文法間違ってるぞって思った人でも堂々と手を上げて発言をするんですね。その時に、これくらい自信を持ってなかったら、この国では生きていけない、聞いてもらえないのかなと思うようになりました。

高校生に向けてメッセージ

ー何か高校生向けてメッセージをお願いします。

私が高校生の時と全然時代は違うというか、自分の子供達とかを見ていても多分今世界ってすごい変わっていて、今とは全く違う仕事ができる人が活躍できる時代になるのかなという風に思います。

時々日本に帰って中学校や高校でお話をさせていただくと「なんで英語を勉強しなきゃいけないの」と言われることがあります。日本に居たって色々欲しいものは全部手に入るし、友達もいるし、どんなメリットがあるの、と聞かれるんですけど、デートできる人の数が億単位で増えますよ、というと、ちょっと頑張ろうかなと思ってくださる方もいます。(笑)

画像7

実際に大井さんも国際結婚!

日本にいたら全てがあって楽しいというのもすごくわかります。でも、これからの時代どうしても英語が話せることが当たり前になってきますし、英語を話せるだけじゃなくてその英語力を使って何を伝えられるか、何を人々に伝えたいか、どう社会に貢献するなり世界を変えていきたいか、みたいなことがすごく大事になっていくのかなと思います。

ちょっと怖いとか、英語の文法が完璧じゃないから話したくないなっていうような不安に思うことがあっても、逆にそういう不安を全く感じない人達が世界にはいると知るだけでもすごくいい勉強になるかもしれません。ぜひ勇気を持って、やりたい道に向かって行って欲しいなと思います。

画像8

大井さん、お忙しいところありがとうございました!

画像9


#せかい部 (powered by. 文科省)は、普段、触れ合うことが少ない世界と触れ合うことができる、高校生による高校生のための「ソーシャル部活動」です!noteでは、個性溢れる旅好きな高校生運営メンバーがそれぞれの視点から世界の魅力を発信していきます!