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UN Womenで働く中村さんが見てきた世界

#せかい部note 大人気の「せかいとつながる仕事」シリーズ✨
運営部員が海外の第一線で活躍する憧れの職業の方々にインタビューしていきます🙋

今回は、そうたろうとさくやがUN Womenという国連機関で活躍されている中村敏久さんにお話を伺いました。
意外にも中村さんは高校時代は英語があまり得意じゃなかったり…!?そんな中村さんが世界的に活躍されるようになったきっかけや経緯などなど伺ってみたいと思います🙌


UN Womenとは

ー本日はよろしくお願い致します。UN Women ではどのようなお仕事をされているのですか?

中村さん:
まず、UN Womenという機関についてご紹介しますね。
UN Womenはジェンダー平等と女性のエンパワーメントを目標として2010年に設立された比較的若い国連機関です。ジェンダー平等の達成を目標とする機関ですので、私たちは女性を支援するだけでなく、男性のジェンダー平等や、LGBTI等に係る活動も行っています。活動領域の優先分野が定められており、例えば女性のリーダーシップや政治分野での活躍を支援したり、女性の経済的エンパワーメントや、平和安全保障や人道支援の分野での活動が女性に配慮したものになるよう働きかけをしています。

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職場の同僚と、政策文書について議論する様子。
Photo: UN Women/Brian Diah

私は世界に約90あるUN Womenのオフィスの一つである、日本事務所で勤務しています。日本事務所の役割は、UN Womenの海外での活動内容を日本の皆さんや日本国政府・企業に周知していくこと、そしてその活動に対してのご支援をいただくことです。
その中でも私は外務省を中心に日本政府への働きかけを担当しています。例えば、UN Womenが中東やアフリカで行っている女性に対する暴力撲滅のための活動を紹介して、それに対するご支援をいただくことなどです。その他にも、比較的設立まもないUN Womenのことを日本の皆さんにもっと知っていただくために、大学での講義やカンファレンスへの出席なども行っています。

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パプアニューギニアにて、各団体の活動を調整する会議にて。
Photo: UN Women

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文京区の学校にて、グローバル教育に係る講演をする様子。
Photo: UN Women

ー女性だけでなく、男性の支援もされているとのことですが、具体的にどのようなことをされているのでしょうか?

中村さん:
ジェンダー平等の社会、女性のエンパワーメントを実現しようと思った際に、人口の半分は男性なんですね。さらに、現在のシステムでは社長や政治家など意思決定をする立場には男性が多いという現状があります。
そのため、社会の枠組みを変えようとするとする際に、男性の意識を変えたり、男性の協力・理解を得ることは社会全体の考えを変える上でも非常に重要なのです。具体的な例としては「HeForShe」という活動があり、安倍前総理にも各国首脳10人が担うインパクト・チャンピオンの1人としてご参加頂きました。

HeForShe(ヒーフォーシー)は、全てのジェンダーの人々がつながり、ともに責任を持ってジェンダー平等を推進するムーブメントです。UN Womenによって始められたHeForSheは、世界中の人々に対してジェンダー平等実現へのアクションを促します。そのために決意表明の機会や、様々なアプローチや方法を提供しています。(UN Women日本事務所 HPより引用)

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2014年にNYで開催されたHeForSheローンチイベントにて。
Photo: UN Women


UN Womenでのお仕事

ー中村さんが今までされてきたお仕事について教えてください

中村さん:
私はUN Womenに入って4年になります。1年目はニューヨークの本部にて人道支援の仕事をして、2年目と3年目の2年間はスイスのジュネーブで同じく人道支援の仕事をしていました。特に自然災害の被害にあった人たちの支援を行っていました。
実際の現地での支援活動に携わりながらも、各国政府に対する働きかけも行っており、4年目に東京へ赴任してからは先ほども述べたような日本政府に対する営業や広報活動の仕事をしています。

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フィジーにて、女性を支援する市場の様子。
Photo: UN Women

ー新興の国際機関であり、日本ではあまり知られていないUN Womenで働こうと思ったのはなぜでしょうか?

中村さん:
UN Womenはできて間もない組織であり、長い歴史を持っている他の国際機関に比べて知名度が低いと感じることもあります。近年認知度は向上してきているとは思いますが、より多くの人に興味を持ってもらえるように広報活動をしていきたいと思います。
私は外務省が行っているJPO試験に合格してUN Womenで働くようになりました。このJPO選考の中で働きたい国際機関の希望を出すのですが、私はここでUN Womenを選びました。

JPO (Junior Proffesional Officer) とは:
JPO派遣制度は,各国政府の費用負担を条件に国際機関が若手人材を受け入れる制度で,外務省では本制度を通じて,35歳以下の若手の日本人に対し,原則2年間国際機関で勤務経験を積む機会を提供しています。(外務省 HPより)


「どうして買春はいけないの?」衝撃のきっかけ

ジェンダー問題に興味を持ったきっかけは、2つあります。
これはどちらも前職でアフリカのある国に出張した際のことなんですが、現地でPKO(Peace Keeping Operation: 平和維持活動)に参加する軍隊や警察の方に対して研修を実施しました。その中で私は女性の権利のセッションを担当して、講義をしたんですね。
最初にその国で人気だったサッカーの話をして、生物学的な「性」と「ジェンダー」は異なることを知ってもらい、ジェンダー平等について理解を深めてもらおうと考えていました。具体的に言うと、筋力や体力など身体能力の差で男性のほうがサッカーが強いのは「性」の問題、一般的に男性のほうがサッカーをするという社会の考え方・風潮があるのは「ジェンダー」の問題であると説明しました。

しかし、実はその国では近年男子サッカーより女子サッカーのほうが強く、人気があったんですね。そのため現地の方々には逆に「いやいや女子のほうが足は速いしサッカーも上手いよ」と言われました。
そこで、サッカーは男性がやるものだという社会的な概念があるもの、と自分が思いこんでいた部分があったことに気付かされました。自分がジェンダーについて教えにいくつもりが、逆に自分が気付かなかったことを指摘されジェンダーに対する興味が深まりました

2つ目は紛争下の性暴力の話になったときですね。
当時、一部の国の軍隊や警察による性暴力や買春が問題になっていました。皆さんは性暴力から市民を守らなければいけないよと話をしたところ、「どうして買春はいけないのですか?」「女性を襲うのは、緊張感の高い紛争下では仕方ない」、などという自分にとって衝撃的な質問や意見がいくつも参加者から出ました。
我々の感覚では、女性(や男性)に性暴力をふるってはいけないなどということは、誰もが共有している最低限の常識ですよね。しかし、その常識から疑問を持つ社会があることに非常に驚きました。その後、議論が紛糾して、当然ながら、結局やめましょうという結論に至りました。

本来は、講師の性別に関わらずオープンな議論ができるべきですが、今回の軍隊でのトレーニングのような特殊なケースでは、自分が男性だからこそ、男性を中心とする参加者が本音で(全く望ましくない意見ですが)、話してくれた部分があるのかな、と感じました。この経験を通じ、ジェンダーという分野において、男性の自分が果たすことのできる役割もあるのだな、と感じました
その当時は、広く人権という分野に関わっており、ジェンダーだけを専門にしていたわけではないのですが、このことがきっかけでジェンダー問題に関する仕事がしたいと思い始めました。

ー先ほど女性のエンパワーメントにおける男性の役割についてお話がありましたが、日常生活において中村さんが意識されていることはありますでしょうか?

中村さん:
私は結婚していて、奥さんと4歳の娘がいます。現代では当たり前のことですが、家事や育児などを意識的に分担して、ジェンダー平等に携わる人間として、自分の行動でまず示していくようにしています。ただ、仕事が忙しくてあまりできていないと、奥さんからUN Womenの上司に通報するぞと言われてしまうこともあります(笑)。
奥さんは会社で働いているわけではないため、多少家庭内のことは頼ってしまうことがあるのですが、自分達子育て世代が当たり前としてこのようなことをしていくことで、娘たちの世代にもよい影響を与えられたらと思っています。

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家族と休日に公園で。NYのセントラルパークで撮影。
Photo: UN Women

ーありがとうございます。ここからは中村さんの学生時代や、国際機関で働く方法についてお聞きできればと思います。
国際機関で働く日本人の数が少ないと言われていますが、中村さんが日本人として働いていて感じることはありますでしょうか?

中村さん:
私の主観ですが、国際機関で働く日本人は2つのタイプがあるかなと思います。
1つ目は、私のような日本で教育を受けて、働いていたような皆さんが想像する日本人というタイプです。このタイプの方は、行動様式や仕事のスタイルも一般的な日本のものと似ていると思います。
もう1つは、日本人だけど幼少期から長い間海外に住んでいたり、海外で教育を受けてきた方ですね。このような方の行動や仕事のスタイルは、どちらかというと海外寄りになりますね。

ちなみに、最初のJPOの研修では「典型的な日本人になるな」と言われましたね。やっぱり特に欧米で教育を受けてきた方は、英語はもちろん、人前で喋ったりするのが得意な傾向にあると思います。
日本の教育を受けてきてよかったと感じることは、宿題や仕事は期限までに高い質で仕上げることや、時間や約束を守ることが当たり前にできることですね。日本人にとっては普通なことですが、国連の中でも誰もができるわけではない、と感じます
それと、日本は国際機関に多くの資金を拠出しているドナー国なんですね。私がしている仕事がまさにそうですが、スポンサー国出身だからこそできる業務も数多くあると思います。


440人中400番台…英語は苦手だった高校時代

ー現在は国際機関で働かれている中村さんですが、どのような高校時代を過ごされたのでしょうか?

中村さん:
高校時代には全く国際機関で働くと思っていませんでしたし、周りからも思われていなかったと思います(笑)。
当時の夢はプロテニスプレイヤーになることで、中学時代は全国大会に出場し、高校時代はインターハイは逃してしまいましたが、住んでいた新潟県で3位くらいの順位でプロの道に進みたいと考えていました。
そのため、大学に進学するつもりもなかったので勉強はほとんどしておらず、英語のテストも学年440人中400番台でしたし、模試でも偏差値50を越えたこともありませんでした
しかし、高校3年生の夏にインターハイに出場できずプロの道を諦めることになります。18歳にして人生の再設計をすることとなり、夏休みに自分は何をしたいのか考えていました。

実は、プロテニス選手になりたかった理由の一つに、その知名度や資金力を使って世界の困っている人を助けたいという思いがあったんですね。自分の新しい進路を考える中で、このことを思い出して国際関係に強いICUに進学したいと思い、そこから頑張って勉強を始めました。


高校時代にやっておいた方がいいこと

ーこの記事を読んでいる高校生に伝えたい、高校時代やっておいたほうがよいことを教えてください

中村さん:
これは大きく2つあると思います。まず1つ目は語学力や専門知識などテクニカルな部分です。2つ目は自分のやりたいことを見つけたり、興味のある分野を絞っていくことなど根本的な部分ですね。

語学力は高いに越したことはないです。
私の場合、高校3年生の時点で、非常に英語力が低かったので、受験期は毎日14時間くらい、特に英語を重点的に勉強しました。結果、英語は偏差値でも80を越えるようになり、無事大学にも合格できました。
大学院では初めて海外に留学し、英語で授業を受けたのですが、英語力を向上させるために、膨大な量の宿題とともに専攻分野である法律の専門書(英語)を1日100ページ以上、必ず読んでいました。これは非常に大変で、毎日深夜まで勉強していました。また、授業でも必ず一番前の席に座り、各授業で必ず1回以上発言すると決めて、積極的にディスカッションに加わりました。
時に的外れな発言をして恥をかくこともありましたが、とにかく何でもいいから毎回話すこと、そして失敗をした場合はそこから学んで次に生かすようにしました。よく、日本人の学生だと、正しい英語の言い回し・発音、発言内容の正確さにこだわって、あまり発言せずにいることがあるように思います。しかし、失敗してもいいから、まず自分の意見をいうこと、そして細かい言い回し等は、走りながら学んでいくことを勧めます。
卒業後、仕事でNYに出張した際に、当時の大学院のクラスメート達と会う機会がありました。アメリカ人のクラスメートが、僕のことを、”クラスで最も優秀な生徒の1人だった”、と紹介してくれたのを聞いた時、とても嬉しかったのを覚えています。僕は日本育ちで発音も決してよくはないですが、努力し、中身のある発言をし続けた結果、そういう風にネイティブスピーカーからも認められていた、というのを後で知りとても力づけられました。

しかし、仕事となると要求されるレベルは更に高く、これでも足りませんでした。最初に勤務したニューヨークの本部では、プロフェッショナルとして求められるレベルの文書が書けず、大変苦労しました。毎回自分が書いた英文の下書きを、上司に見てもらい、どこが悪かったのかを見直し、それを次に活かすという作業を2年ほど続けてようやく一定のレベルで文章を書けるようになった、と感じています。
未だにネイティブと比べると力の差は感じますが、国連で求められるプロのレベルはクリアしているかなと思います。
なので、高校時代からできるだけ英語力を高めておくことを強くお勧めします。国連職員になるためのJPO試験では、TOEFL IBT 100点が最低基準ですが、これを高校生のうちに超えておくことを目標にするのがいいかと思います。

ー高校時代にやっていてよかったことを教えてください

中村さん:
私の場合はテニスですが、ジャンルを問わず何か自分が好きなことに一生懸命取り組んでみる経験はその後にも役に立っていると感じます。これは体力や気力も向上しますし、試合に勝つにはどうすればいいかなど頭を使って考える経験ができることが良い点ですね。
これは自分が国際機関で働くために頑張ることができたことにも繋がっていますし、現在の仕事の中でも役に立っています。 

ー国際機関で働いている日本人の方はどのようなバックグラウンドの方が多いのでしょうか?

中村さん:
自分も含めて国際機関で仕事をしている人は、様々な分野で、世界をよくしたい・困っている人を助けたいという志を持ってこの職を選んでいると思います。というのも、国際機関の職員になるまでのプロセスでかかる時間や費用、労力を考えると、待遇の面は決して悪くはないですが、費用対効果だけでみれば必ずしもベストな仕事ではないと思います。
また、国際協力と言っても内容は幅広く、UN WomenやUNICEF、WHOなど機関ごと取り組む問題が違うのはもちろん、その中でも個人が担当する分野はさらに細分化されています。
国際機関の職員には自分が専門とする分野に関する原体験を持っている人が多く、それをモチベーションに仕事をしている人がたくさんいるように感じます。
これは、学校や仕事を通して様々な体験をして、このことやこの人たちのために一生仕事をしたいという思いに繋がることが多いと思います。

国連職員になるまでのバックグラウンドについてですが、基本的に学生から直接国連職員になるケースはほとんどありません。なので、基本的には関連する分野の団体や企業で働いて経験を積んでから国連にくるケースが多いですね。
それと専門分野の修士号を持っていないと国連では働けないので、大学院で学ぶことも必須です。

ー国際機関で働くことの楽しさや大変な面を教えてください。

中村さん:
国際協力の分野で一番やりがいを感じるのはジェンダー平等や世界平和など、一般的には青臭いと思われるような目標を、仕事にできることですね。
また、国連は非常に大きなスケールでプロジェクトが進行しており、世界各国の政策や法律やシステムをよりよくするために働きかけ、社会に大きな影響を与えることができる仕事でもあります。
楽しいのと同時に大変であるのが、国籍も違えば言葉や宗教、価値観、考え方の異なる人たちを1つの方向にまとめることですね。これは非常に難易度が高いですが、異なる方向を向いていたそれぞれが1つの方向に向かって進むときの突破力はすさまじく、これは多様な人が関わる国際機関だからこそ経験できるのだと思います。


高校生へのメッセージ

ー最後に国際機関で働いてみたいと思っている高校生に向けてメッセージをお願いします!

中村さん:
高校生の皆さんは無限の可能性を秘めているので、自分がやってみたいことにはなんでも挑戦してみたらいいと思います。
新型コロナウイルスの影響で海外にいくことは今すぐには難しいですが、自分の興味のある分野について詳しくなったり、チャンスがあったら実際に働いている人に話を聞いてみてください。これらの経験を通して自分が本当にやりたいことを見つけられればよいと思います。
ぜひ自分の可能性を信じて挑戦してみてください!私も高校生の時は十数年後に国際機関で働いているとは思っていませんでしたし、周りも思っていなかったでしょう。それでも自分がやりたいことに向かって突き進んだ結果として道が開けたのだと思います。こんな社会情勢で大変なことも多いとは思いますが、ぜひ頑張ってください!

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